遥かなる深淵へ…

日々の出来事、コネタ、短編小説など書ければと

【ワシの乳に吸い付く赤子を見ながら思った…】何?【生まれてきてくれてありがとうとな…】刹那、婆さんの目から一筋の光が…【戦後間もない大変な時代じゃったがこの子はワシの希望そのものじゃった…】婆さんがつぶやく…【わしゃあ農家の娘だで外のことは全く知らん】【物心ついた頃には田植えの手伝いをしとった…】【毎日開けてもくれても野良仕事…学校が終わり他の子が楽しそうに帰るなか、ワシは家の畑仕事の為に一人で帰っとった…遊びに誘われても断るのが辛くてのう…】【文句のひとつも親に言いたかったがそんな時代ではなし…ワシ自身もそれが当然だと思うとったんじゃろうな…】【高学年なった頃に仲良うしとった子が急にワシを避けるようになった】何?【ホッホッホッどうやらクラスでワシにあだ名がついとったらしい】何?【ホッホッホッ肥溜めくさい溜子じゃとよ】何!?【仲良うしとった子もワシとおると巻き添えを食うと思うたんじゃろうなホッホッ】

君に捧ぐレクイエム…

【破水して直ぐに産婆さん呼んだ】【そりゃ苦しかったさ… 】【なにせ年頃の娘が股をさらけ出して半狂乱にのたうちまわってたらしいからのうホッホッ】…【後から聞いた話しじゃが、ワシの体力もだいぶ限界にきとったらしい…】【いよいよ医者が、ワシの母親に腹を切る話しをしておったんじゃ】何!【ワシは意識がもうろうとしておったが、そん時のことははっきり覚えとる】【母親が涙ながらにワシに話しかけてのう…】【あなたの命も危ないから今からお腹切るよ…とな】【じゃがワシは母親の手をしっかり握って、母さん、私この子を生みたい、そう言って母親を制止したんじゃ】…それで無事生まれたのか!?【ホッホッああ生まれたよ…わしゃ涙が止まらんかったわい】【目もまだ開いとらんかったが元気な産声じゃった…】【それがのう、不思議なことに、誰からも教わるでもなく乳房に吸い付くんじゃよ…】

君に捧ぐレクイエム…

【ホッホッホッお前さんよ、人が生きていくことに意味を求もてどうするよ?】何?【人はみな赤ん坊で生まれてくる】【その赤ん坊が生きとる意味なんぞ考えとるか?】【お腹が空けば乳を吸い、眠くなれば好きなだけ眠る、機嫌が悪けりゃかんしゃくをおこし、母親の愛情が欲しけりゃその胸に思いきり抱きつく】【そこにあるのは何じゃ?】【ただ純粋な生への渇望じゃ… 】…【わしゃ、難産だったでのう…】何?【聞かされとった日取りよりずいぶんと早くに陣痛がきてのうホッホッ】

君に捧ぐレクイエム…

祖母はそれ以上は語らなかった…私もまた口を閉ざした…というより何も語れなかった…母親が婆さんに相談を持ち掛けてきたこと以上に、思いもかけず、 婆さんが、私の胸の内を見透かしていたことに少なからず動揺していたのだ…
また二人のそしゃく音だけが鳴り響く沈黙の時間…おそらく婆さんはただ普通に食事をしているだけだったのであろうが、私は動揺を隠せないでいた…食卓の壁上に掛かっている古時計がチックタックと時を刻む…あたかも私の胸の動悸と共鳴しているかの様に…
婆さん…しかし意を決して私は婆さんに話しかけた…【何じゃい?】婆さんが返事をする…生きている意味がわからない…【は?】なぜ…大学に行くのか…なぜ勉強するのか…なぜ…友達を作らないといけないのか…なぜ恋人が必要なのか…何もかもわからないんだ…【ホッホッ】周りを見れば、皆、浮かれている…恋人を作ってサークルに入って、午後から何しようかなんて話しをしてる…なんでそんなに目をキラキラしてるんだ…今やっていることが自分の未来に繋がっている確信なんて持てないのに…俺はそんな連中が嫌いだ…【ホッホッホッ】

君に捧ぐレクイエム…

どうって、別に普通だよ…私はぶっきらぼうに答えた…【実はお前さんの母親から連絡あってのう】何!【最近、息子が物思いに老けっておる、じゃからワシに何か聞き出せないかとさ】どういうことだ?母さんは、俺のことを探り出すために、婆さんのところによこしたのか?【ホッホッホッ母さんを責めんなさんな、お前さんを心配してのことじゃたったのだろう】【もっとも、あたしゃ頼まれてもそんな器用な真似は出来はせんがのうホッホッ】…【お前さんの母さんにも言っておいたよ】何?【お前さんが聞き出せないならワシにも出来るはずがなかろう】【それに、それ聞き出してどうするんじゃ?聞き出せないのは、お主の中に釈然としないわだかまりがあるからじゃろう】【それをワシに託すのは少々身勝手過ぎんかのう、とな】

君に捧ぐレクイエム…

食事中、祖母との会話は一切なかった…だからといって特段気まずい訳でもなく、ただ淡々と二人とも食事をする…もっとも、そんな気兼ねのいらない祖母だったからこそ、私がこの家に三日も滞在出来たのも確かである…
五年前に祖父がなくなって以来、祖母はこの家にずっと1人で住んでいる…寂しくはないのだろうか…祖母との折り合いが悪い母は、ほとんど祖母の家を訪ねない…たまに父親が田舎の用事を引っかけて顔を出す程度だ…昔は親戚の従兄弟たちも集まって賑やかな家だった…叔母が使っていた二階の座敷の部屋がお気に入りで、歩く度に畳の下の床板が軋む、それが楽しくてよく跳びはねては怒られいた記憶がある…あれだけよく遊んだ従兄弟たちとも、今では全く顔を合わさなくなった…今頃どうしているのだろうか…
相変わらず、二人のそしゃく音だけが食卓に鳴り響く…大学のレポートも結局手付かず…気がつけば提出の締め切りも近づいている…そろそろおいとましなければ、明日、一番にここを発ち、まずは図書館で資料を…そんなレポートの構想を練っていると、唐突に【大学はどうじゃ?】祖母が話しかけてきた…

労い… 君に捧ぐレクイエム

昼間、祖母の農作業を終えた私は、畳で大の字で寝そべっていた…レポートの資料も持ってきたが何もする気になれなかった…夕食が出来たと祖母の声で目を覚ました…自分がかなりの時間眠っていたことに気がついた…
学校も休みに入り、隣の本家まで米を運んで欲しいと祖母に頼まれ、1日だけ滞在する予定だったが、気がつけばもう三日目だ…
食卓には山菜煮物とたらの煮付け、そうめんが並んでいた…祖母の手料理で一番好きなのがそうめん…というか、めんつゆ…祖母のお手製だ。煮干しだし汁にしゅうゆとおそらくショウガも少々…あとは何が入ってるかわからない…私は真っ先にそうめんに箸をつけ、自慢のお手製のつゆをふんだんに付け一気にすすりこんだ!旨い…!